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「あった」水深97mで82年ぶりに姿を現した軍艦「長良」撮影成功までの25分
2026年8月15日、終戦から81年を迎えます。17日紹介するのは熊本県の沖合に沈む軍艦「長良」です。アメリカ軍に撃沈され348人が犠牲となり、そのうち46人が石川県出身でした。戦争の記憶を後世につなぐために始まったプロジェクトに密着しました。
深い海の底から姿を現したのは大きな黒い影。さらに見えてきたのは砲台のような形をした物体です。
熊本県天草諸島の沖合に沈むのは、82年前、アメリカ軍の魚雷攻撃を受け沈没した軽巡洋艦「長良」です。長良の沈没で348人が犠牲となり、このうち乗組員46人は石川県出身でした。
道下功さん、84歳。
「これは私の父なんですけど、これですね四男坊、私の叔父さんになるわけやね」
長良の乗組員だった金沢市出身の道下吉男さん。魚雷攻撃を受け、沈没した長良で亡くなりました。軍艦長良石川会に所属していた功さんの母みつさんは、吉男さんの慰霊を長年続けていました。しかし功さん自身は沈没当時2歳だったこともあり、吉男さん本人や長良のことはよく知りません。
道下さん:
「父の弟は海軍で船に乗っていたということは聞いているんですけど…」
軍艦「長良」になぜ吉男さんのような県内出身者が数多く乗っていたのでしょうか。
今から約100年前の1922年。長良は、長崎県佐世保にある海軍の工場で完成します。
全長は158m、船の重さを表す排水量は5170トンにのぼります。
1939年には、長良が所属する海軍の拠点が京都の舞鶴鎮守府に移り、舞鶴鎮守府が管轄していた石川県を含む北陸など日本海側を中心に多くの兵士が乗船していきます。
その後、長良はミッドウェー海戦やソロモン海戦に参加。そして事件が起こったのは、戦局が厳しさを増す太平洋戦争の最中でした。
1944年8月7日正午ごろ、沖縄から鹿児島に疎開者を運送する任務を終え、佐世保港に向かう途中…
「艦体に強い衝撃があった。気がついたら真っ暗な水の中であった。あゝ、これで人生が終わりだと思った。故郷のこと、育ててくれた伯母のことなどを思い出した」
天草諸島・牛深沖でアメリカ軍の潜水艦「クローカー」による魚雷攻撃を4発受け沈没。乗組員583人のうち235人は救助されましたが、348人は命を落としました。
金沢市出身で長良の乗組員だった吉男さんもその一人。
慰霊を続けていた功さんの母みつさんは39年前に亡くなり、軍艦長良石川会も高齢化などを理由に20年以上前に解散しました。長良のことを語り継ぐ人は年々少なくなっています。
熊本県天草市にある軍艦長良記念館には、遺族や関係者から寄贈された遺品や遺影が数多く展示されています。しかし、沈没した長良の写真は29年前に無人撮影された1枚だけ。これが長良かどうか判別することも難しいといいます。
こうした中、水中探検家の伊左治佳孝さんが中心となり立ち上がったのが長良沈船調査プロジェクト。次の世代に長良の歴史を継承するため、確かな記録を残すことが目的です。
「知らないことが100%悪ではないんですけど、知ろうとする時に知れないとか、知るきっかけがあった時に知ることができたらいいかなと思っています」
これまで水深40m以上に潜るテクニカルダイビングの技術で、戦時中、山口県で183人が亡くなった「長生炭鉱水没事故調査」など国内外で数多くの水中調査を行ってきました。
「僕が動けば継承を途切れずに進めることができるのに、やらないというのは自分に対しても寂しいなという思いがある」
叔父を亡くした道下さんもこのプロジェクトに期待を寄せていました。
「少しでも分かってくれれば一番良いと思いますけども、どの程度まで分かるかなと思いますけども…」
先月21日、いよいよ潜水プロジェクトの当日です。
「ご遺族の方から遺影に供えたいというご連絡をいただいているので、それができるような写真を撮ってお渡ししたいなと思っています」
長良が沈没したポイントは、牛深港から約10キロの沖合にあります。今回の調査では、遺族からの要望がなかったため遺品や遺骨の収容は行いません。「語り継ぐ材料」として写真や映像を撮影し、今の長良の姿を記録することを目指します。
「撮影したいものとしては、船だって分かるような写真・映像、長良と特定できるような特徴のある構造物や物品などが撮影できたらいい」
沈没地点の水深は97m。
「ここの真下にあるそうです」
タンク5本と水中スクーターなど総重量100キロを背負って海に潜ります。
海底からの浮上時間も考慮し、調査に費やせる時間は25分間だけ。
時間内に長良を見つけ撮影するという難しいミッションです。
潜水開始から8分。錨を落とした海底に到着しましたが、そこに長良の姿はありませんでした。ここから伊左治さんは落ち着いて潮の流れを確認。落とした錨が潮でずれた可能性を考慮し、長良の位置を推測します。
そして、潜水開始から13分後、ついに…
「あった」
目の前に姿を現した軍艦「長良」。
伊左治さんのチームは、82年間海に眠り続けていた長良の撮影に、有人で初めて成功することができました。撮影のために残されたわずか6分の間に、船と認識できる姿や長良の特徴を捉えた砲台などをカメラに収めました。
「船とかこういう場所はやっぱり相性があるんですよ。すぐに見つからなくてもたどり着けたというのは、歓迎していただけたと思うので、それが船にお眠りになられてる方の思いであったら嬉しいなと思います。今後語り継いでいく上で良い材料になると思うし、僕らのやったことが次の1ページになれば良いと思います」
金沢市の遺族、道下功さん。撮影された長良の映像を初めて見ます。
「すごいもんやね。何十年間船の底にそのままだからね。かわいそうなもんやと思う。そんなこと(撃沈される)なるとも思わんと乗っていたと思う」
沈没から82年。
海の底に沈む軍艦の姿を捉えた記録は、戦争の爪痕を今に伝え、次の世代へ語り継ぐための新たな礎となっていきます。